東京高等裁判所 平成11年(ネ)4571号 判決 2000年1月26日
控訴人(原審原告)
竹井機器工業株式会社
右代表者代表取締役
【A】
右訴訟代理人弁護士
武田仁宏
被控訴人(原審被告)
コダック株式会社
右代表者代表取締役
【B】
右訴訟代理人弁護士
鈴木修
同
大平茂
右補佐人弁理士
【C】
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた判決
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は控訴人に対し、金七五五七万円及び内金六七二〇万円に対する平成一〇年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行の宣言
二 被控訴人
主文と同旨
第二事案の概要
本件は、控訴人が、被控訴人において後記被控訴人標章を付したレンズ付フィルムを製造販売する行為が、控訴人の有する後記本件商標権を侵害するものであるとして、被控訴人に対し、損害賠償を請求する事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 控訴人は、別紙1表示の構成よりなり、平成三年政令第二九九号による改正前の商標法施行令別表の区分による第一〇類「理化学機械器具(電子応用機械器具に属するものを除く)光学機械器具(電子応用機械器具に属するものを除く)写真機械器具、映画機械器具、測定機械器具(電子応用機械器具に属するものおよび電気磁気測定器を除く)医療機械器具、これらの部品および附属品(他の類に属するものを除く)写真材料」を指定商品とする登録第二二三七七九六号商標(昭和六三年二月二四日登録出願、平成元年一二月一一日出願公告、平成二年六月二八日設定登録、以下「本件登録商標」といい、本件登録商標に係る商標権を「本件商標権」という。)の商標権者である。
2 被控訴人は、別紙2表示の構成よりなる標章(以下「被控訴人標章」という。)を付したレンズ付フィルム(以下「被控訴人商品」という。)を製造販売している。
二 争点
1 争点1
被控訴人標章が、本件登録商標と類似するか否か。
2 争点2
被控訴人が、被控訴人標章を付した被控訴人商品を製造販売していることが、本件商標権の侵害に当たるとした場合に、これによって生じた控訴人の損害はいくらか。
三 争点についての当事者双方の主張
1 争点1について
(一) 控訴人の主張
(1) 本件登録商標及び被控訴人標章からは、いずれも「キューティ」との称呼が生じる。したがって、被控訴人標章は、本件登録商標と称呼において同一であるから、本件登録商標と類似するものである。
(2) 被控訴人は、被控訴人標章が図形商標であるかのような主張をし、原判決も、被控訴人標章が欧文字の「Q」及び「t」の印象を与える図形から構成されるとするが、いずれも誤りである。
被控訴人標章は、「Q」及び「t」の印象を与える図形ではなく、「Q」、「t」の文字そのものであり、単に花文字又は飾り文字であるにすぎない。
(3) また、被控訴人は、被控訴人標章から何らの観念も生じないと主張し、原判決も、被控訴人標章に「キュートな」との観念が生じるとまではいえないとするが、いずれも誤りである。
被控訴人標章から「キューティ」との称呼が生じることは被控訴人も認めるところであるが、「キューティ」との称呼は一般人に「かわいい女の子」を想起させるものである。加えて、被控訴人は、被控訴人商品の広告宣伝用リーフレットやテレビコマーシャルにおいて、被控訴人標章を、「かわいい女の子」を意味する「cutie」の掛け言葉として使用していることが明白である。したがって、「キューティ」との称呼は、「かわいい女の子」との観念を生じさせるものであり、被控訴人標章が、観念の点においても本件登録商標と同一であることが明らかである。
(4) 被控訴人は、本件登録商標と被控訴人標章とが誤認混同のおそれがないから類似しないと主張し、原判決も同旨の判断をしたが、商標の類否判断において誤認混同のおそれを論じることは、広告宣伝を大々的にするなどによって周知となった商標のみを保護し、無名商標が保護されない結果を招来するものであり、商標法三七条の規定に反するものである。
(5) 原判決は、被控訴人標章と本件登録商標との類否判断についての説示において、控訴人による本件登録商標の使用の状況が不自然で、その詳細が不明であるとの認定をしたが、控訴人による本件登録商標の使用の有無及び態様は、損害額算定において問題となるにすぎないものであり、右類否判断において考慮することは不当である。
(二) 被控訴人の主張
(1) 本件登録商標及び被控訴人標章から、いずれも「キューティ」との称呼が生じることは認める。
しかしながら、被控訴人標章に係る「キューティ」との称呼は、被控訴人標章が欧文字の「Q」及び「t」によって構成されていることに着目した場合に生じるものであるが、標章が、単に欧文字二文字の組合せによって構成された場合(例えばブロックレターで表記した「Q」及び「t」の各欧文字を横書きしてなるような場合)には、該標章は、識別力を有するということはできない(これは特許庁の審査実務における取扱いでもある。)。故に、被控訴人標章は、それが欧文字の「Q」及び「t」によって構成されていることに基づいて生じる「キューティ」との称呼において、識別力を有するものではない。被控訴人標章が識別力を有するのは、専らデザイン化されたその外観においてである。
したがって、被控訴人標章が、本件登録商標と称呼において同一であるからとの理由で、類似するとするのは誤りである。
(2) また、被控訴人標章と本件登録商標とが外観において全く異なることは明らかであり、さらに、本件登録商標からは、「かわいい女の子」との観念が生じるのに対し、被控訴人標章からは何らの観念も生じない。
そして、本件登録商標と被控訴人標章とが、称呼において同一であるとしても、その外観及び観念において明白に相違する点を全体的に考察すれば、両者は容易に識別をすることができ、商品の誤認混同を来たすおそれは認められないから、被控訴人標章が本件登録商標に類似するものではない。
2 争点2について
原判決六頁六行目から八頁五行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 被控訴人標章が本件登録商標と類似するか否かは、商標の機能に照らして、被控訴人標章と本件登録商標とが同一又は類似の商品に使用された場合に、その商品の出所につき誤認混同を来たすおそれがあるかどうかによって決せられるべきものであり、その際、右のような商品に使用された被控訴人標章と本件登録商標とが、その外観、観念、称呼等によって取引者・需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、全体的に考察すべく、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的取引状況に基づいて判断すべきものである。
控訴人は、商標の類否判断において誤認混同のおそれを論じることは、周知商標のみを保護し、無名商標が保護されない結果を招来するものであり、商標法三七条の規定に反するものであると主張するが、右の趣旨を正解しない独自の主張というほかはなく、これを採用することはできない。
また、控訴人は、本件登録商標の使用の有無及び態様は、損害額算定において問題となるにすぎず、被控訴人標章との類否判断において、本件登録商標の使用の状況を考慮することは不当であると主張するが、本件登録商標を付した商品の具体的取引状況の認定判断の一環として、本件登録商標の商品に対する使用の具体的状況を考慮することは何ら不当とはいえず、控訴人の右主張も採用することができない。
2 しかるところ、本件登録商標及び被控訴人標章から、いずれも「キューティ」との同一の称呼が生じることは当事者間に争いがない。
本件登録商標と被控訴人標章の外観については、別紙1及び2のとおりであって、本件登録商標は、右に傾けた字体により欧文字の「Cutie」を横書きしたものであるのに対し、被控訴人標章は、①横長長方形の上辺が四個の山形となるよう三か所で三角形状に切り欠いたうえ、全体に小さい水玉模様を配し、かつ、これを約四五度の角度で右下方に傾けた図形を、ほぼ正円からなる太い輪状で、その右下部分を切り欠いた図形の右切欠き部分にはめ込んだ図形であって、欧文字の「Q」を図案化したものとも見ることができるものと、②全体が①の図形よりやや小さく、上下端を丸くかたどったやや太い縦棒状の図形の下部を、下端部がほぼ上を向くまで右側に丸く折り曲げた図形の上方から約五分の二付近に、左右端を丸くかたどった同じ太さの横棒状の図形の中央部分を交差させ、かつ、該縦棒・横棒状の図形の全体に縞模様を付した図形であって、欧文字の「t」を図案化したものとも見ることができるものとからなり、②の図形を①の図形の右側に配したものである。
観念については、研究社発行の「新英和中辞典」(甲第一一号証)に、「cutie」との単語に対し「[しばしば呼び掛けに用いて]かわいい[きれいな]娘(さん)」との訳語が掲記されていることが認められるが、「cutie(キューティ)」の語自体が、わが国において右の意味を表す周知の外来語であるとまで認めることはできない。もっとも、「cutie」の語の形容詞形である「cute」との英単語は、わが国において、「キュート」と表記されて「かわいい」という意味を表す周知の外来語となっているものと認められ、このことを併せ考えれば、本件登録商標から、その「Cutie」との構成に対応して「かわいい娘(女の子)」との観念が生じることもあるものと認められる。
これに対し、被控訴人標章からは、これを欧文字の「Q」、「t」を図案化した構成と見ても、特定の観念は生じない。
この点につき、控訴人は、「キューティ」との称呼が一般人に「かわいい女の子」を想起させるものであり、被控訴人が、被控訴人商品の広告宣伝用リーフレットやテレビコマーシャルにおいて、被控訴人標章を「cutie」の掛け言葉として使用しているので、「キューティ」との称呼から「かわいい女の子」との観念を生じると主張する。しかしながら、被控訴人標章から「キューティ」との称呼が生じるからといって、前示のとおり、「キューティ」の語が、わが国において「かわいい娘(女の子)」との意味を表す外来語として周知であると認めることはできない現状において、被控訴人標章における欧文字の「Q」と「t」からなる構成自体から、「かわいい女の子」との観念が生じるものと認めることはできない。
なお、被控訴人は、そのパンフレットやホームページにおける被控訴人商品の広告(甲第一〇、第一二、第一四号証)において、「キュートなQt」、「キュートなフェイス」、「キュートなフォルム」等、「キュート」の語句を使用していることが認められるが、これらの広告やテレビコマーシャルにおいて、「かわいい女の子」との意味で「キューティ」との語句を使用していることを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人標章を「cutie」の掛け言葉として用いているとの事実を直ちに認めることはできないのみならず、被控訴人が、テレビコマーシャル等において、「キューティ」との語句を、英単語の「cutie」に掛けて使用しているとの事実が仮に存在するとしても、それだけでは、被控訴人標章から生じる称呼の音(発音)を右英単語の「cutie」に掛けているというにすぎないから、被控訴人標章の「Q」と「t」からなる構成自体から「かわいい女の子」との観念が生じるとは認められないとした前示判断を左右するに足りるものではない。
さらに、本件登録商標及び被控訴人標章を付した商品の具体的な取引の実情について検討するに、控訴人の提出に係る三脚の外箱(検甲第一号証)には、本件登録商標が表示されたシールが貼り付けられているが、該外箱には、側面及び上面に「Velbon」との標章が多数印刷され、また、該標章は商品たる三脚にも付されているところ、本件登録商標が表示されたシールは、外箱の一側面に該「Velbon」との標章の上に貼付されているものであって、かかる本件登録商標の使用の態様は、商標の使用形態として極めて不自然であって、「品名」に「キューティ(三脚)」との記載のある控訴人の竹井機器工業東日本販売株式会社関東支店宛平成一〇年三月一九日付納品書(甲第六号証)を考慮に入れても、控訴人が該三脚に本件登録商標を使用していたとの事実に疑いを抱かざるを得ず、そうすると、結局、本件登録商標を付した商品の具体的な取引の有無又は実情については不明というほかはない。
他方、被控訴人商品については、その包装紙(甲第三号証)上に、「Kodak」、「スナップキッズ」、「ADVANTIX」、図案化した欧文字の「Q」などの標章とともに、被控訴人標章が付されていることが認められ、また、その商品としての性質上、被控訴人商品は、カメラ店その他各種小売店において販売されていることが推認される。さらに、被控訴人のパンフレットやホームページにおける被控訴人商品の広告(甲第一〇、第一二ないし第一五号証)には、被控訴人標章及び「キュートなQt」、「レンズ付フィルムQt」の表示や、「口紅、携帯、Qt」、「Qtははずせない」、「コダックQt」等のせりふ、ナレーションがあることも認められる。
3 しかして、右認定に係る本件登録商標及び被控訴人標章の外観、観念、称呼によれば、両者の称呼は同一であるものの、本件登録商標が「Cutie」とのさほど特徴があるといえない欧文字からなるのに対し、被控訴人標章は、部分的に奇抜な形状を用いたり、水玉模様や縞模様による装飾を施したりした図形の印象を与えるものであり、たとえこれを図案化した文字からなると見るとしても、その文字は「Q」と「t」であるから、両者は外観において著しく相違するものと認められ、さらに、本件登録商標から「かわいい娘(女の子)」との観念が生じることもあるのに対し、被控訴人商標からは特定の観念が生じないものであって、これらの外観、観念、称呼に基づく印象、記憶、連想等を総合して、全体的に考慮し、さらに、前示被控訴人商品に係る取引及び広告の実情をも併せ考えると、被控訴人標章及び本件登録商標が、同一又は類似の商品に使用されたとしても、取引者・需要者が、商品の出所につき誤認混同を来たすおそれはないものと認められる。
したがって、被控訴人標章が本件登録商標と類似するものであると認めることはできない。
二 そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、控訴人の本件請求は理由がない。したがって、これを棄却した原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六一条、六七条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
<以下省略>